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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和40年(う)55号 判決 1965年8月07日

被告人 山崎喜一

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山村辰治の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、これに対し、当裁判所は、つぎのように判断する。

所論は要するに本件交通事故は衝突の相手方中山外貴夫の一方的な過失によるものであり、被告人には何ら過失はなく、当時被告人が履践した注意義務以上のものは、何人に対しても、これを期待することができないというのである。

本件の公訴事実は、「被告人は自動車運転者にして、その業務に従事しているものであるが、昭和三九年九月一二日午後六時一五分頃富山県射水郡大島村新開発一、五七六番地先交差点附近の有効巾員約一〇米の道路において、軽四輪貨物自動車を運転し、時速約三〇粁で西進中、同交差点を右折すべく方向指示器で合図しながら交差点手前の道路左端辺で一旦停車し、たまたま追従して来た他の軽四輪乗用車を通り過ぎさせてから発進して道路を横断するに際し、既に傍を通り過ぎた右自動車の後方約七米のところを、後部荷台に佐崎繁信を同乗させた自動二輪車を中山外貴夫が運転して追従しながら進行して来るのに、不注意にも後方から更に追従して来る自動車がないか十分確めず、右自動二輪車を看過したまま、漫然時速約七粁で発進して右折を開始したため、右折を開始した直後右横約二米先を進行して来る右中山外貴夫に漸く気付き、狼狽して急停車の措置を講じたが及ばず、自車の右前照灯横辺を同人の自動二輪車の前車輪辺に衝突させて、その場に転倒させ、よつて右佐崎繁信に加療約三ヶ月間を要する左膝部、下腿部挫創傷及び脛骨破砕骨折等の傷害を負わせたものである」というのであり、これに対して原判決は、「罪となるべき事実」として、「被告人は自動車の運転の業務に従事するものであるが、昭和三九年九月一二日午後六時一五分頃富山県射水郡大島村新開発一、五七六番地先交差点附近の巾員約一〇米の国道八号線上を軽四輪貨物自動車(六富き一九―七三)を運転し時速約三〇粁で右国道上の左側部分の左側を西進中、右交差点で右折しようと考え、右交差点の東方約五〇米の地点で方向指示器で右折の合図をして減速し約二四米直進し、後続車の有無を確認したところ、後方約一七米の地点を軽四輪乗用車が追従して来るのを認め、同車に追越させたのち右折しようと考えて、更に減速して約一五米直進した地点附近で同車に追越させて右国道左側部分の左側で一旦停車し、更に後方を確認したところ、後方約五〇米ないし六〇米の地点を中山外貴夫が後部荷台に佐崎繁信を同乗させて自動二輪車(富こ五三四八)を運転し、右国道の左側部分の中央を時速約五〇粁ないし六〇粁で進行して来るのを認めたのであるが、およそ自動車運転者たるものは、かように方向指示器で右折の合図はしたものの道路の左側部分の左側に寄り後続車を追越させ一旦停車した後右折しようとする際後方約五〇米ないし六〇米の地点に時速約五〇粁ないし六〇粁で接近して来る自動二輪車を認めたときは、後続自動二輪車の運転者が同車にも追越させてくれるものと考えて減速することなく、そのまま進行して来ることも予想されるのであり、そのまま進行すれば自車の停車地点に僅か三秒余りで到達しうるのであるから、右自動二輪車の速度、及び、その進路に十分注意し、衝突の危険がある場合には右自動二輪車を通過させた後発進するなどして衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにもかかわらず、同車の進路前方を容易に右折しうるものと軽信し、時速約七粁で発進して右折を開始した過失により、右国道の中央線附近まで進行したとき、右横約五米の地点を接近して来る右中山外貴夫の運転する自動二輪車に気付き、あわてて急停車の措置をとつたが間に合わず、自車の右前照灯附近を同人の自動二輪車に衝突させて、その場に転倒させよつて右佐崎繁信に加療約三ヶ月を要する左膝部、下腿部挫創傷及び脛骨破砕骨折の傷害を負わせたものである」との事実を認定した。原審において取調べた証拠を検討すると原審の右認定は妥当であつて是認さるべきである。

そして右訴因と原判決の認定した右事実との間に公訴事実の同一性は失われておらず、かつ原判決は被告人の主張に沿うもので、右訴因が被告人の過失として認定したものよりも程度の軽い過失を認定しており、被告人の防禦に何等実質的な不利益を及ぼすものとも認められないから、訴因の変更を命ずることなく前記の如く訴因と異なつた事実を認定した原審の右措置は適法である。

ところで原判決の認めた右事実関係の下においては、本件事故の原因は、もつぱら右中山外貴夫が、被告人が方向指示器で右折の合図をしているのを認めたのであるから、同人の進行を妨げてはならないにもかかわらず同人が自己に進路を譲つてくれるものと軽信して、減速することなく、時速五〇粁ないし六〇粁で、そのまま進行したこと(原審証人中山外貴夫の尋問調書)にあると断ぜるを得ない。原判決は「かように方向指示器で右折の合図はしたものの道路の左側部分の左側に寄り後続車を追越させ一旦停車した後右折しようとする際、後方約五〇米ないし六〇米の地点に時速約五〇粁ないし六〇粁で接近して来る自動二輪車を認めたときは、後続自動二輪車の運転者が同車にも追越させてくれるものと考えて減速することなく、そのまま進行して来ることも予想されるのであり、そのまま進行すれば自車の停車地点に僅か三秒余りで到達しうるのであるから、右自動二輪車の速度及びその進路に十分注意し、衝突の危険がある場合には右自動二輪車を通過させた後発進するなどして衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある」と認定しているが、被告人は原判決認定の如く、右折しようとした原判示交差点の約五〇米も手前から方向指示器で右折の合図をして減速して約二四米直進し、そこで後続車の有無を確認した結果後方約一七米の地点を軽四輪乗用車が追従して来るのを認め、更に減速して約一五米直進した地点附近で同車に自車を追越させて一旦停車し、更に後方を確認した上で、初めて時速約七粁で右折を開始しているのである。即ち、それまでの被告人の運転態度は慎重を極めており、衝突事故発生防止のために払つた配慮は、ほとんど間然するところがない。次に右折開始直前に被告人が後方五〇米ないし六〇米の地点に中山外貴夫の自動二輪車を確認していることは原判決認定のとおりであるが、この場合右自動二輪車が同車にも追越させてくれるものと考えて減速することなく、そのまま進行して来ることも予想されるとする原審の見解には賛同できない。

左折又は右折しようとする車両が、それぞれ道路の左側又は中央に寄ろうとして方向指示器による合図をしたときは、その後方にある車両は、当該合図をした車両の進行を妨げてはならないのであつて(道路交通法三四条五項)、一般に道路を通行する者は、特段の事情のない限り、他の通行者がこのような基本的な交通規則は、これを守ることを前提として、歩行し、あるいは車両を運転しているのであり、さもないと道路の交通は、たちまち渋滞し、その安全と円滑は、とうてい、これを期しがたい。まして本件の場合、後続車である前記中山は約五〇米ないし六〇米後方にあつたのであるから、右距離関係から被告人が右中山の前方を安全に右折し得るものと信じたのは、まことに無理からぬところといわねばならない。原判決は更に、当時右中山は五〇粁ないし六〇粁の時速で進行して来たのであるから、三秒余りで被告人の停車地点に到達し得ると説示しているが、五〇米ないし六〇米離れた地点を走行する車両の速度を肉眼で確認することは至難のことと解されるのであつて、とつさの間に右二輪車の速度を看取し、被告人の停車地点に到達するまでの時間を逆算して衝突の危険がある場合には右中山を通過させた後発進すべきであつたとする原判決は、これ又被告人に難きを求めるものといわねばならない。これを要するに、原判決がその認定した具体的状況の下で被告人の注意義務の内容として説示するところは、自動車運転者に一般的に要求される程度を超えたものである。本件事故の原因は、すべて右中山の違法、無謀な運転に帰せらるべきであり被告人に過失は認められない。従つて被告人に過失責任を認めた原判決には事実を誤認したか、または法律の解釈、適用を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで刑訴三八二条もしくは三八〇条、三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

本件公訴事実及び原判決が認めた罪となるべき事実は前記のとおりであるが、右に述べた理由により、いずれも犯罪の証明がないことに帰するから刑訴三三六条により無罪を言い渡すこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 斎藤寿 高橋正之)

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